ハンセン病ドキュメンタリー映画

NAGASHIMA

~“かくり”の証言~

宮﨑 賢 監督作品

映画のご紹介




差別、偏見に打ちのめされても“強く尊く”生きてきた入所者の人生を知って欲しい。
療養所としての歴史を閉じる日も近い。
しかし、すべてが忘れ去られることではない。
映画を通じて人権侵害の記憶を次の世代につなげていきたい。

岡山県瀬戸内市の長島には、長島愛生園と邑久光明園の二つの国立ハンセン病療養所がある。両園の入所者は合わせて180人あまり、平均年齢は88歳。隔離の島で証言を聴く時間も残り少なくなった。

映画は2014年以降の8年間に長島の入所者ら、およそ30人の証言を映像で記録。隔離の歴史を掘り起こした。

長島愛生園の開拓時代や国の患者撲滅政策「無らい県運動」で強制隔離された収容過程、園に反抗した患者を監禁した「監房」、さらに厳しい懲罰施設「草津送り」と言われた群馬県栗生楽泉園の「重監房」での獄死。戦前、戦中、戦後の強制労働、栄養失調などで1,077人が無念の死。入所者が振り返る「死者を焼く煙。煙になってしか故郷に帰れなかった」。優生思想「結婚したら強制的に断種(不妊手術)をさせられた。人間扱いではなかった」と屈辱の体験を語った。

映画が伝えるのは暗い記憶ばかりではない。戦後、特効薬プロミンによって病気が治る時代になった喜び。「人間回復」と呼ばれた邑久長島大橋の開通で“島流し”から解放された。橋で社会と繋がり、園内が明るくなった。ハンセン病患者の全国で唯一の高校「新良田教室」の開校。病と闘いながら、学友と学ぶ喜びがあった。1950年代、文芸のルネッスサンスが花開いた。文学、音楽、絵画などの活動が社会の窓口となり、励みになった。

ハンセン病国賠訴訟で熊本地裁は強制隔離を定めた「らい予防法」は違憲と断罪。原告は「いままで苦労してきた事が報われた」と涙した。

子どもの頃、強制収容された80代の夫妻が故郷の小学校に招かれ児童と一緒に給食を食べ、歌で歓迎され「うれしい うれしい」と言葉を詰まらせた。89歳の入所者の誕生日には、広島県の高校生たちが訪れケーキで祝った。人権侵害の歴史を学び、若い世代がしっかりと受け止めている。




洋画家 清志 初男
洋画家 清志 初男(スペイン芸術勲章受章・2003年)
1946年 長島愛生園に入所



宮﨑 賢 監督プロフィール

(みやざき・けん)1953生、岡山県和気町出身。1971年RSKプロビジョン入社。1972~2019年RSKイブニングニュース報道カメラマン。
ハンセン病ドキュメンタリー『もうひとつの橋』(1983年)で 地方の時代映像祭大賞受賞。『生きとった証し』(2002年)で日本民間放送連盟賞報道部門優秀賞受賞。放送人の会『放送人グランプリ2014特別賞』受賞(2014年)。TBS報道特集『隔離された法廷と司法の責任』(2017年)でギャラクシー賞奨励賞受賞。『第43回放送文化基金賞・個人賞』受賞。(2017年)
『引き裂かれた家族~ハンセン病孤児たち 初めての告白~』(2019年)で日本民間放送連盟賞報道部門優秀賞受賞。『報道活動部門ギャラクシー大賞』(2019年)
「1980年から現在も続くハンセン病に関する報道および活動」(撮影担当) ハンセン病問題を40年間に亘って継続取材し『筑紫哲也NEWS23』・ 『TBS報道特集』などで全国に発信。
ハンセン病ドキュメンタリー13作品・ニュース特集130回の撮影・編集。

宮﨑賢監督



Staff

監督・撮影・編集・構成:宮﨑 賢
脚本:曽根 英二

編集協力:RSKプロビジョン、河原 大
ドローン撮影:門野 治雄
友情撮影:南 幸男
音楽:須江 麻友、今井 勉
音効:安田 晃永
MA:塚村 俊孝
ナレーター:東馬 紀江

挿入歌:《愛生園挽歌》 1931年作
 黒川眸:作詞/光岡米造:作曲
 沢知恵:編曲・歌唱・演奏
 上野洋:録音・ミックス

ホームページ・チラシ制作:モグネット

企画制作:
「NAGASHIMA~“かくり”の証言~」製作実行委員会
近藤 剛、矢部 顕、難波 幸矢、宮﨑 賢、亀池 弘二

2021年 110分




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